澤田康広のwiki学歴・経歴まとめ!日大OBで元検事のエリート!副学長になった理由は?

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日本大アメフト部の違法薬物問題で話題となっておりました、日本大学副学長澤田康広(さわだやすひろ)氏をご存じでしょうか?

この日本大アメフト部の違法薬物事件の対応を巡り、辞任を勧告されていた澤田康広副学長でしたが

林真理子理事長とのトラブルで、更なる話題を呼んでいるようなのです。

そんな澤田康広副学長ですが、元検事次席で経歴や学歴が超エリートとの噂があるようで、一体どのような人物なのでしょうか?

そこで今回は『澤田康広の学歴・経歴まとめ』『副学長になった理由』について深掘りしていきたいと思います。

目次

澤田康広のwiki風プロフィール

  • 名前:澤田 康広 (さわだ やすひろ)
  • 生年月日:1964年8月
  • 年齢:59歳 (2023年11月現在)
  • 出身地:大阪府大阪市
  • 座右の銘:柔よく剛を制す 
  • 現在の職業:日本大学法学部教授/日本大学副学長
  • 最終学歴:日本大学大学院修了
  • 所属学協会:警察政策学会、現在刑法学会、現在法政学会

1964年8月に澤田康広副学長は、大阪府大阪市にお生まれになります。

澤田康広副学長の出身大学は、日本大学法学部だと判明しております。

日本大学は東京都にあることから、長くても18歳までは地元大阪府で過ごされていた可能性が高そうですね!

そして学位は法学修士なので、大学院を卒業されていることがわかります。

大学院に進学するにはある一定の知識や、能力を持っている方が多いとされておりますので

当時、澤田康広副学長は勉強に励み、かなりの努力をされていたのでしょう。

澤田康広の学歴まとめ!出身高校・大学はどこ?学生時代のエピソードは?

澤田康広の学歴まとめ

  • 高校:公開されていない
  • 大学:日本大学法学部
  • 大学院:日本大学大学院法学研究科

超エリートと言われている澤田康広氏の気になる学歴ですが、気になる方も多いかと思います。

学歴について調査してみたところ【大学・大学院】の情報は公開されておりましたが

高校や中学に関する情報は公表されておりませんでした。引き続き調査して行きたいと思います。

ただ『大阪府出身』のため『高校卒業までは地元大阪の学校』に通っていた可能性が高いと思われます。

また澤田康広氏は学生時代に『柔道』をしていたそうです。

当時はスポーツと勉学の両立を頑張っていたことから

座右の銘が柔道用語でもある『柔よく剛を制す』だったそうです。

因みに意味は『柔軟なものでも、強いものを制すことができる』との事です。

澤田康広氏の学生時代は、学業だけでなく柔道にも熱心に取り組まれていたのでしょう!

澤田康広は日本大学法学部出身だった

澤田康広の大学

  • 1983年:日本大学法学部入学
  • 1987年:日本大学法学部卒業

澤田康広氏は1983年に日本大学法学部に進学します。

当時の日本大学法学部の偏差値は『47.5〜55.0』で日本大学の中でも『合格難易度の高い学部』と言われていたようです。

現在の日本大学法学部の偏差値は『40〜52.5』となっています。

日本大学は全学部・大学院研究科が単科大学のように独立したキャンパスがり『単一の大学としては日本最大規模』と言われています。

日大法学部の卒業生には『郷ひろみ氏』『原田憲治氏』がいらっしゃいます。

澤田康広は検事になるために日本大学大学院法学研究科に進学した?

澤田康広の大学院

  • 1987年:日本大学大学院法学研究科
  • 1989年:日本大学大学院法学研究科博士前期課程修了

1987年に日本大学法学部を卒業後、就職せずに日本大学大学院法学研究科に進学します。

澤田康広氏は大学院を卒業後、検事として就職されます。

『検事』になるために合格が必要な『司法試験』を受けるには

法科大学の卒業』もしくは『予備試験の合格』が必要になります。

澤田康広氏は大学卒業後すぐに大学院に進学していることから『大学時代から検事になる』と意識していたと思われます。

澤田康広の経歴まとめ!司法試験に合格し検事になったエリートだった?

澤田康広の経歴まとめ

  • 1992年:司法試験合格
  • 2011年4月:山口県次席検事に就任
  • 2015年:東京地方検察庁総務部の副部長に就任
  • 2016年4月:宇都宮地検次席検事に就任
  • 2018年3月:宇都宮地検の次席検事を退任
  • 2018年4月:日本大学法学部法学科の教授に就任
  • 2020年4月:日本大学危機管理学部の非常勤講師に就任
  • 2021年4月:港区建築審査会委員、東京都港区建築審査
  • 2022年7月:日本大学副学長

澤田康広氏は1992年(当時28歳)の時に『司法試験に合格』しています。

司法試験は『3大国家資格』のひとつで澤田康広が受けた当時の合格率は『3%』と言われている試験です。

1989年に大学院を卒業している事を考えると『何度か試験を受けての合格』と思われます。

司法試験合格後は、東京や関西・九州など様々な地域の地方検察庁で働き輝かしい実績を積み上げます。

そして2011年4月(当時46歳)の時に『山口県の次席検事』に就任します。

その後『東京地方検察庁総務部の副部長』『宇都宮地検の次席検事』として活躍し、2018年に検事を退職。

2018年からは母校の日本大学法学部で教授として勤務を始めます。

2022年からは日本大学の新体制がスタートし『副学長』に就任しています。

澤田康広は書籍を執筆していた!?

https://www.amazon.co.jp

澤田康広氏は、2001年に書籍を執筆されていることが明らかになっております。

Next教科書シリーズ刑事訴訟法(第2版)第3章 公訴(澤田康広・辻本典央)

内容としては「第3章 公訴(澤田康広・辻本典央)」の項目について書かれているんだとか。

検察官の公訴についての初学者向け教本』を執筆されたようです。

『教本』を執筆していますし、当時から『教授』という道も考えていたのかもしれませんね!

澤田康広が日本大学副学長になった理由や経緯は?

澤田康広が副学長に就任した理由

  • 教授として生徒に慕われていた
  • 検事としての経歴から日大の名誉回復に必要な存在だった

    澤田康広氏は2022年に副学長に就任していますが

    澤田康広氏が起用された理由』については公表されていませんでた。

    しかし『検事としての経歴』や『教授としての活躍』から起用されたのではないでしょうか。

    澤田康広は大学の生徒にとても慕われていた?

    澤田康広氏は副学長に就任する以前から日本大学の教授として勤務しています。

    澤田康広氏のゼミでは『刑事訴求法』をテーマに論文を書いたり、ディベートなどしていました。

    またゼミ生徒に『ドーナツを差し入れたりする』など『生徒からも人気のある先生だった』そうです。

    生徒からの信頼』は大学にとって必要なものですし、この評判も『起用された理由』の1つなのではないでしょうか。

    澤田康広は日本大学の名誉回復に必要な存在だった?

    澤田康広氏は『検事』としての素晴らしい経歴をもっています。

    日本大学は2018年に『悪質タックル事件』や『田中元理事長の脱税』といった『事件』が発生していました。

    このような『事件』の発生を防ぐためにも『法律』に詳しい澤田康広氏を起用したのではないでしょうか。

    澤田康広氏が副学長就任以降に発生した『日本大アメフト部違法薬物事件』の記者会見は澤田康広氏が担当しています。

    このことからも『元検事』という経歴が起用理由の1つになるかもしれませんね。

    澤田康広の年収はどのくらい?

    日本大学副学長の年収:1920万円以上

    日本大学の副学長をされていることや元検事であることから、澤田康広氏は一体どのくらいの年収を貰っているのでしょうか?

    日本大学副学長の収入に関してですが、『役員報酬の開示資料』に『1920万円』記載があったそうです。

    役員報酬が『1920万円』のため、2000万円以上の年収が有るのではないでしょうか。

    澤田康広は検事時代の年収の方が高かった?

    次席検事の年収:2300万円

    検事時代の澤田康広氏の年収も気になったので調べて見ました。

    検事でも役職によって差があるかとは思いますが『次席検事の年収は約2300万』との事です。

    もしかすると現在の年収よりも検事時代の方が稼いでいたのかもしれませんね。

    まとめ

    ここまで『澤田康広の学歴・経歴』『副学長になった理由』について紹介してきました。

    経歴を見る限りでも澤田康広氏は優秀なお方で、努力を惜しまない方なのだとわかりましたね。

    現在もまだ林真理子理事長とのトラブルで、話題を呼んでいるようですが

    今後何を語られるのか、見守っていきたいと思います。

    最後までお読みいただきありがとうございました。

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