日本大学アメリカンフットボール部の監督である『中村敏英』氏をご存じでしょうか?
アメフト部の違法薬物問題で注目されておりましたが、今現在また日本大学が何かと話題になっているようなのです。
監督である中村敏英氏が、どういった人物なのか気になっている方も多いのではないでしょうか?
そこで今回は『中村敏英のwiki学歴・経歴』について深掘りしていきます。
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中村敏英のwiki風プロフィール
雲隠れして説明責任を果たさない日大アメフト部の中村敏英監督が部員を集めて、アメフト部存続の嘆願書を書かせています。
また、責任を取って辞任する考えは無いと
言いました。リツィートをお願いします。 pic.twitter.com/99Xfv31ybF— よし坊 (@yoshi90951866) November 2, 2023
- 名前:中村敏英 (なかむらとしひで)
- 生年月日:1973年
- 年齢:49~50歳
- 出身地:東京都江戸川区
- 趣味:バイク、キャンプ、サバイバルゲーム、釣り、自転車
- 職業:日本大学アメリカンフットボール部監督、株式会社グッドコーチ代表取締役社長
中村敏英氏は1973年に、東京都江戸川区に生まれます。
幼い頃からアメリカンフットボールを始められていたそうで、歴はかなり長いようです。
なんと中村敏英氏は、海外のリーグでプレーした経験があったということがわかっています。
現在は人事コンサルタント会社の代表取締役社長で、株式会社グッドコーチという会社にて代表をされております。
中村敏英の学歴まとめ!出身高校・大学はどこ?学生時代のエピソードは?
中村敏英の学歴
- 中学校:日本大学第一中学校
- 高校:日本大学第一高校
- 大学:日本大学文理学部
日大アメフト部の監督である中村敏英氏ですが、どのような学生生活を送られていたのでしょうか。
出身校に関して調査をしてみました。
中村敏英の出身高校は中高一貫の日本大学第一中学・高校だった!
中村敏英氏は日本大学の付属校である『日本大学第一中学・高校』の出身だと分かりました。
日本大学第一中学校の偏差値は『48~58』で日本大学第一高校の偏差値は『61』となっています。
公立中学ではなく、日本大学第一中学校へ中学受験をした中村敏英氏は
『スポーツだけでなく勉学も優秀な生徒だった』のではないでしょうか。
また中村敏英氏は『中学時代からアメフトを始めた』そうですが
最初は『ラグビーに興味があった』との事です。
『日大はアメフトが強かった』『やるからには大学まで続けたい』という理由から、
アメフトを始める事にしたそうです。
日本大学第一中学校・高校
- 名称:日本大学第一中学校・高等学校(にほんだいいちちゅうがく・こうこう)
- 住所:東京都墨田区横網一丁目5番2号
- 種別:私立・中高一貫校(男女共学)
- 設立: 1913年2月14日
- 主な卒業生:歌手・松崎しげる、女優・本仮屋ユイカ
中村敏英は日本大学OBで文理学部出身だった!
中村敏英氏は、日大の付属校である日本大学第一高校から『日本大学文理学部』に進学しています。
日本大学文理学部の偏差値は『45.0 – 52.5』となっています。
大学時代もアメフト部に所属しており、当時はワイドレシーバー(WR)というポジションだったそうです。
ワイドレシーバー(WR)とは
- 攻撃のポジション
- 『相手を抜き去るスピード』『キャッチ力』『相手を交わすクイックネス』が求められる。
日本大学
- 名称:日本大学(日本大学)
- 住所: 東京都千代田区九段南四丁目8-24
- 住所②:東京都世田谷区桜上水(文理学部キャンパス)
- 種別:私立
- 設立: 1889年
- 主な卒業生:オードリー春日俊彰、俳優・佐藤隆太、俳優・本郷奏多
中村敏英の経歴まとめ!元アメフト選手でアメリカで活動していた?
【中村敏英のアメフト経歴(選手)】
- 日本大学卒業後:Xリーグの【オンワードオークスリクルートシーガルズ】に所属
- 2002年:Xリーグ優勝
- 2004年:アメリカのアリーナフットボールリーグ参戦
- 2005年:全日本選手権優勝
【中村敏英のアメフト経歴(コーチ)】
- 2006年:現役引退、オービックシーガルズでコーチ
- 2010~2013年:全日本選手権史上初の4連覇を達成
- 2017~2019年:関西大学に在籍し、ヘッドコーチを経験
- 2014・2018年:大学世界選手権日本代表コーチ
- 2020~2021年:東京大学コーチ
- 2022年~:日本大学アメリカンフットボール部、フェニックス監督
中村敏英氏は大学卒業後、サラリーマンとして働きながら
『日本社会人アメリカンフットボールリーグ』である『Xリーグ』の
『オンワードオークスリクルートシーガルズ(現オービックシーガルズ)』に所属しました。
2004年からは『メンフィスエクスプローラーズ』に所属し本場アメリカリーグに参戦します。
2005年にはアメフト全日本選手権を優勝!
2006年に現役を引退し古巣オービックシーガルズでコーチを開始します。
その後、関西大学や東京大学でのコーチを経て日本大学の監督に就任しています。
中村敏英氏は数少ない本場アメリカで活躍したアメフトを選手であり
ものすごい努力をされていたのだと思います。
中村敏英は社長でビジネスマンとしてもエリートだった!
中村敏英のビジネスマンとしての経歴
- 1997年4月〜2000年2月:株式会社オンワード樫山の営業職
- 2001年6月〜2004年2月:リクルートスタッフィング
- 2005年〜2018年7月:株式会社スピリッツ
- 2008年〜2018年7月:株式会社エグゼクティブ・ボード
- 2018年8月1日〜:株式会社グッドコーチ 代表取締役
そんな中村敏英氏は『株式会社グッドコーチ』という会社の代表取締役社長をしています。
『アメフト』だけでなく『ビジネスマン』としても素晴らしい経験を持っているようです。
中村敏英氏は大学の卒業後から『営業職』と『アメフト選手』の両立をしています。
アメリカ活躍していた際は『アメフト1本』となっていますが
引退後は再び『サラリーマン』と『コーチ』の両立を行います。
その後2018年に『株式会社グッドコーチ』を設立し代表取締役となります。
株式会社グッドコーチ
- 名前:株式会社グッドコーチ
- 住所:東京都港区北青山3−5−17
- 設立:2018年8月
- 主な事業:人材紹介、採用業務代行、人事組織コンサルティング
中村敏英が日大アメフト部に就任した経緯や理由は?
中村敏英が副学長に就任した理由
- 中村敏英の素晴らしいアメフト経歴から選任
- 日大アメフト部のOB
中村敏英氏は2022年から『日大アメフト部の監督』に就任しています。
『中村敏英氏が監督に起用された理由』について詳しい理由は明言されていませんでしたが
『日大アメフト部のOB』『本場アメリカで活躍した選手』『全日本での優勝経験』
といった理由から採用されたのではないでしょうか。
中村敏英の日本大学フェニックスの監督としての実績は?
日本大学フェニックスは過去多くの実績を持っています。
しかし2018年に発生した『悪質タックル事件』以降
リーグ戦の出場停止や、一定期間の活動自粛などが発表されており、実績は留まったまま終止符が打たれました。
中村敏英氏は監督に就任された際に下記のようなコメントをしています。
「まずは対話をして、学生が思っていること考えていることをこちらが先に理解した上で
しっかりした関係性を作り、一緒にやっていきたい」
(引用:47NEWS)
中村敏英氏は『強い日本大学フェニックスを取り戻す』という事だけではなく
『より良いチームの再編成』を考え監督を務められていたと思います。
まとめ
今回は『中村敏英のwiki学歴・経歴』について紹介してきました。
中村敏英氏の輝かしい学歴・経歴のご紹介はいかがだったでしょうか?
日本大学のアメフト部は廃部となることが発表され、話題となっております。
これからどのような方向性に進んでいくのでしょうか。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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